きおくのきろく

フィクションとノンフィクションを混ぜて書いています

あと と あと

f:id:mmmmmmmmmai172:20170825120740j:image

 

年が明けるので、日出を見に海へ行った。

朝4時の早朝は、全てが暗く、凍てついて眠っているようだった。

 

「外気-3℃だってさあ、最早冷凍庫だよ」

父は面白そうにそんな事を言った。昨日の紅白歌合戦がだいぶ前のことのように思えるほど、私は眠さで頭が働かないまま車に乗っていた。カーラジオでは少し訛りの残るDJが、畏まって新年の挨拶をした。

 

近くの海は隣町にある。何も無い海だ。

先の震災で全てが流れたせいで、原風景というには程遠い、繁栄の翳りを残した無の海。

 

 

「君みたいな子、これから何処に行っても役に立たないよ。君に何が出来るの?何も出来ないよね?何も無いよね?断言する。君みたいな子はね、絶対に人生に失敗する。そうに決まってる」

 

私は小さく薄暗い面談室で、呪いを掛けられているんだと思った。私は反論しなかった。

 

数ヶ月前に仕事を辞め、私は新しい職場で働き始めていた。仕事を辞めると伝えると、人事の人間からの面談があった。

 

「でも、私は、専門職でこの会社に入ったので、いつまでも店舗勤務というのはおかしいと思うんです」

 

「君みたいな新卒の子がね、好きな仕事ができるほど社会は甘くないんだよ。大体会社員なら会社の言う事を聞くのは当たり前だし、例えやりたくない仕事でも会社の為に、給料を貰ってる以上に、会社に尽くして働くのが当たり前なんだよ。それが労働だよ」

 

 

私は当たり前という価値観の定義が分からなくなった。それが当たり前ならば、人はどうして平気な顔をして毎日働けるというのだろう。

 

わからない、何もわからない。これは若さゆえの、苦しみなのだろうか。

 

「寒くない?」「靴下2枚履いてきた」「おっ、やるゥ」「お父さん、1枚しか履いてないの?寒さを甘くみすぎだよ」「ああ、俺が風邪ひきそうだな」

 

父と妹が日出を眺めながらそんな事を話している。思春期に別々に暮らしていたこともあり、父と私たち姉妹は特に父親に生理的嫌悪を抱くこと無く今に至る。父と妹は比較的仲が良い。

 

「お姉さん、写真撮った?」

「うん」「あとで送って」「いいよ、お父さん、写真いる?」「…え?写真?…いらない」

 

父は私が仕事を辞め、違う職場で働くと言っても、何も言わなかった。父は私を恥じただろうか。あの会社の人間が言うように、社会の当たり前という定義を、何の感情も波建てず平然と何十年もこなしてきた父は、私のような愚図を、恥じただろうか。

 

私には何も無い。あるのは、くだらないプライドと、悲しみを受け入れられない脆弱な精神だけだ。それは無意味な傷だらけで、きっとこれからも使い物にならないのだろう。

 

 

この海のように、荒れ果てた空っぽの私は、これからどうなってしまうんだろう。